レポート  2005年4月13日〜14日 ソロクト・楽生院原告団による 長島愛生園・大阪訪問

全療協支部長会議で楽生院移転問題をアピール
 前日の弁論期日を終えた原告団は,4月14日,日本におけるハンセン療養所を見学するとともに日本のハンセン病元患者の方々と親睦を深め連帯の契機とするために岡山の療養所を訪れました。今回の訪問のメンバーは,韓国からは原告の姜禹錫さんや自治会長の金明鎬などの3人,台湾からは原告の黄金涼さんや弁護団の李弁護士や余弁護士及び支援団体である人権促進協会や楽生保留自救会のメンバー,さらには台湾から楽生院問題の取材を続けている台湾公共放送のスタッフやフリーライター張さんなど10名を超える皆さんたちです。
 昼過ぎ岡山空港で昼食をとった一行は,まず邑久光明園で行われている全療協支部長会議に出席させて頂くために一路長島へ向かいました。全療協支部長会議では徳田先生より台湾・韓国のメンバーが紹介がされた後,楽生保留自救会の日本人留学生ボランティアの宗田さんより,楽生院の強制移転問題についてのアピールが行われました。「ハンセン病者が天寿を全うできるよう楽生院を残して欲しいという入所者の希望を台湾政府に対して伝えてくださるようお願い申し上げます」との切実なメッセージに,各療養所の支部長たちは盛大な拍手により日本からも組織的かつ積極的な支援を行っていくという決議をもって応えてくださいました。

愛生園での自治会・日本の原告団との交流
 続いて本日の宿泊場所である愛生園に向かった一行は,まず愛生園の歴史館へ見学に行きました。矢継ぎ早に浴びせられる質問の嵐に,案内をしてくださった職員の方もたじたじとするほど皆さん熱心に見学されていました。
 あまりの熱意に時間をおしてしまいましたが,続いて訪日団は長島愛生園自治会による歓迎会に招待されました。愛生園の自治会より歓迎挨拶及びソロクト・楽生院訴訟及び移転問題に対する力強い支援の表明があり,その後韓国からソロクトの自治会長である金明鎬さん,台湾から李弁護士及び原告の姜禹錫さんより感謝の挨拶があり,これからの国際的な連帯が確認されるととも,自治会の開いてくださった懇親会の中で互いの友好を深めていったのでありました。
 その後場所を会館に移し,ハンセン病訴訟の愛生園の元原告の方々との盛大な懇親会が開かれました。ハンセン病原告団の中心メンバーであり在日朝鮮人である金泰九さんからは,韓国からの同胞を歓迎してもつ煮込み料理「ヘジャンクツ」も振る舞われ,あちこちで国際交流の場が生まれていました。楽生院の原告黄金涼さんも小さいときに覚えた日本語を駆使し日本の元原告と楽しそうに親睦を深めていらっしゃいました。また台湾の余弁護士は元原告の方のお話を聞いて,涙を浮かべながら「私は今の話を台湾の原告達に伝えます。皆さんの経験した闘いは,きっと楽生院の入寮者を勇気づけるでしょう」と応えていました。

病棟見学・フィールドワーク
 翌15日は,朝から金さんの案内で愛生園の病棟見学を行いました。前日に続いて,韓国や台湾の皆さんは非常に熱心で,目に入るものに関して次々と質問をしていきました。時に金さんが韓国語で説明し,それを韓国の通訳さんが日本語に直し,それを聞いた台湾の通訳さんが台湾後に直すといった3カ国が入り乱れての会話は,これから自分たちが国の福祉政策を改善し,そして作っていくのだという熱気に溢れていました。
 続いて金さんの案内で,愛生園のフィールドワークとして,患者が収容される際に船がつけられた桟橋跡,消毒風呂がなどがあった収容所跡,監房跡,納骨堂などを見学して回りました。折しも愛生園は桜も見事な満開で春爛漫のうららかな景色が広がっていましたが,その景色の中に積み重なっている過酷な歴史の重さに訪日団一行は,1つ1つの説明をかみしめるように聞き入っていました。ソロクト自治会長さんは「愛生園のどこもがあまりにソロクトと似ているので驚いた」と話されていました。

150人もの人が集まってくれた大阪集会


 13時30分過ぎ,一行は長島愛生園の皆さんにお別れを告げて,バスで大阪へ向かいました。皆さま連日の長距離の移動やハードスケジュールに大変お疲れのようで,バスの中では多くの人たちがうとうととされていました。
 17時前,大阪で行われる集会会場にバスが到着すると,会場前には韓国語と台湾語で歓迎のメッセージを持った支援者の方たちがたくさん集まっておられ,一行はとても喜んでおられました。18時30分に集会が始まる頃になると,次々と参加者が集まってこられ,広い会場は満員となりました。最終的な発表によるとなんと150人もの方がご来場くださったそうです。同時に行われていたソロクトや楽生院の歴史や写真を展示したパネル展を熱心に見入る人たちも大勢いらっしゃり,予想以上の皆様方ご支援に訪日団,弁護団ともに大変感激しました。ありがとうございました。
 集会も大変内容のある素晴らしいものでした。HP「恨生」主催者山口進一郎氏の開会宣言で始まり,続いて吉田弁護士よりソロクト・楽生院裁判の概要についての説明がありました。その後,初公開となるビデオ「ソロクト・楽生院〜日本が残したハンセン病隔離政策〜」上映もあり,参加者たちは植民地支配と複合した形で行われたハンセン病患者に対する人権侵害が苛烈さを目の当たりにして深く感じ入っている様子でありました。続いて原告の方々へのインタビューが行われました。お二人は集まってくれた方々への感謝を口にするとともに,強制隔離によって被った悲惨な被害について,訥々と語られていらっしゃいました。
 続いてソロクト自治会長の金明鎬さん,台湾の余弁護士からの訴えがありました。お二人とも,大勢の参加者に大変感激し,こうしたハンセン病者たちを支える気運を自分たちの国でも盛り上げていくとの決意を表明されていました。そして運動の先駆的な存在である日本の方々に対し国際的な支援・協力を要請されました。この集会の終わりに徳田弁護士が発言されたように,歴史を見つめ,自国民中心主義を改めるためには,日本における運動の成果を韓国・台湾における運動に生かす支援が今後とも必要になってきます。さらなる支援の輪を広げてのご協力お願いいたします。
 集会の最後には,ハンセン病回復者とともに歩む関西連絡会のメンバーが,「全人生にわたる被害を受け続けてきたハンセン病回復者の方々が、残りの人生を少しでも安らかな気持ちで、安心して過ごすことができるように,日本のみならず、韓国・台湾のハンセン病回復者の方々の人権回復のためにも、支援を続けていくことを決意する」という集会アピールがなされ,参加者からの大きな大きな拍手を持ってこのアピールが採択されました。 ほんとうに大勢の方々の熱心で心のこもった支援を強く感じた集会で,原告の方々も,韓国・台湾の支援者・弁護団の人々も,そして日本の弁護団も,非常に勇気づけられました。 
 翌日,原告団,弁護団や支援者の皆さんは感謝の言葉と今後の友好と連帯を口々に述べられ関西空港より,それぞれ韓国・台湾に帰られました。 今回の訪日が,東アジアにおけるハンセン病者たちの人権のための大きな一歩になると良いなと願っています。


(M.T)