2005年7月19日
ソロクト訴訟の結審弁論


10:30 弁護士会1F集合 入廷行動
11:00 法廷
14:00 議員懇談会(議員懇談会総会)


法廷レポート
ソロクトハンセン病補償請求訴訟韓国弁護団からのメッセージ


(2005年7月19日)

 2005年7月19日午前10時、いよいよソロクト訴訟の結審弁論期日を迎えました。韓国からチャンギジンさん、キムギヒョンさん、カンウソクさんの原告三名、パクヨンリプ団長はじめとする韓国弁護団、そして、日本全国から集結した原告団、支援者、そして我々日本弁護団が、法廷を埋め尽くしました。法廷に入りきれず、外で待たされた人たちも大勢いました。この日も、法廷は熱気にあふれ、国を圧倒していました。

 いつものように、三人の裁判官が入廷し、恭しく礼。ソロクト最後の弁論です。

 最初は、原告のキムギヒョンさん。慶尚北道(現在の韓国)に住んでいたキムさんの家族は、世間の偏見のために、朝鮮半島北部に移住していきました。そこは、現在の北朝鮮。キムさんが家族と音信不通となってすでに60年。キムさんは、強制収容が家族をばらばらにしたと訴えます。「ソロクトの石や道、あらゆるものに、ソロクトの人々の血と涙がしみこんでいます。恨多きソロクトの人々、海は涙、風はため息。」一見後遺症が軽く見えますが、今なおソロクトでの生活を強いられているキムさんの実感です。たどたどしくはありましたが、力強い訴えでした。

 続いて、水口弁護士は、原告たちの主張に理があることを、被告の反論の破綻を詳細に指摘しながら、丁寧に述べました。

また、迫田学弁護士は、この訴訟が韓国弁護団との協働作業で行なわれたことを指摘しました。迫田弁護士は、パク団長の次の言葉を引用しました。「日帝時代、皇国臣民、内鮮一致という名のもとに、強制隔離、強制労役や強制収奪等を行いながら、賠償や補償においては日本本土と植民地を差別するとしたら、これは社会正義及び平等原則に反します。司法が社会正義や平等原則に反する法律解釈及びその適用をするとしたら、これは司法が差別の論拠を提供することによって、平等に反する道具、手段として転じるような間違いをおかすことになると思います。」

 最後に、国宗弁護士が、原告の主張の最大の論拠が「公平の原則」にあることを、再度確認しました。

 キムさんの気迫、パク団長の格調高い訴え、法廷を埋め尽くした日本の弁護士、支援者の熱いの想い・・・、きっと裁判官に届いたことでしょう。

 弁論終結。「判決期日を10月25日午前10時と指定します。」裁判長が高らかに宣言しました。いよいよ、判決の日が決まりました。

 午後からは、議員会館において、「ハンセン議懇」の集会が行なわれました。ここでも、集会の行なわれた会議室には、立ち見が出て、なおかつ部屋から大勢の人たちがあふれ出るほどの熱気でした。その場に、江田五月会長をはじめとする超党派の議員さんたちが出席され、勝訴判決後の控訴断念を勝ちとる運動を全力をかけて闘うことを、原告、弁護団、傍聴した支援者たちとともに、誓いました。

 また、今回、予定が合った共産党、社民党のヒアリングも開催されました。両党ともに、熱心に話を聞いてくださり、今後の協力を約束していただきました。

 いよいよ、判決。そして、再び大きなうねりを。

 日本全国で、世論を盛り上げていきたいと思います。

公正判決署名は、今後も集めていきます。ご協力をお願いします。     (T.Y)


韓国のハンセン病問題及びこの訴訟の歴史的意義

 

尊敬する裁判長及び陪席裁判官の皆様

私は、この事件つまりソロクトハンセン病補償金不支給決定取消請求に関する訴訟を支援するため結成された韓国弁護団の弁護士として2004年10月25日この裁判の第1回目の弁論期日から2005年5月23日の第5回弁論期日の間、原告本人の尋問が終わるまで毎回欠かさずすべて傍聴しました。先ず、真摯にそして誠意を持って審理を進めていただいた裁判所に対して敬意を表します。

 

韓国弁護団は2004年7月、日本弁護団の徳田靖之弁護士、国宗直子弁護士からの要請により結成されました。

日本弁護団の協力要請を受けた大韓弁護士協会は全国の弁護士の中から自発的に参加した60名からなる弁護団を結成し、この事件の訴訟支援活動をしてまいりました。

韓国弁護団は日本熊本療養所の見学、ソロクト訪問、定着村訪問及びその調査結果を元に2004年10月11日には国会議員会館においてハンセン病人権実態報告大会を開催しました。元ハンセン病患者等400人余り、国会議員30名余りで会場が埋めつくされ、元ハンセン病患者達の涙の差別事例が発表されるたびに会場が参加者の涙で覆われるほどでした。

このような活動によって、影になっていたハンセン病患者の人権問題に光が当てられ、社会的関心事となるようになり、最近では国家人権委員会においてもハンセン病人権問題が政策課題とされ、すでに調査作業が進んでおり、国家人権委員会はこの調査結果を元に該当部署に政策勧告を行う予定です。

このような動きは、元ハンセン病患者だけでなく、社会的弱者達にも夢と希望を与え、韓国社会においてハンセン病患者は共に生きるべき私達の隣人であるという認識を広めるのに大きな働きをしています。特に、この訴訟はこれらの一連の活動のきっかけとして原告達に夢と希望を与え、ほぼ一生涯を恨みと悔恨の中で忘れられた日々を過ごして来た彼らに生きる目的、生きる意義を与えるものとなっています。

もっとも、この判決が勝訴につながる場合、これは韓国のハンセン病問題の解決に大きな影響を及ぼす画期的な事件になると思います。日本におけるハンセン病問題が2001年5月11日熊本地方裁判所の判決により解決の糸口が見つかったように、それ以上の大きな影響を及ぼすと思います。韓国における熊本判決となるのに十分に値すると確信します。

 

ところで、この訴訟の主な争点は、ソロクトがハンセン病補償法所定の療養所に該当するかどうかの問題です。

この事件の第5回期日では、原告本人尋問を通して日帝下においてソロクトに強制的に隔離され、収容された原告達は、日帝時代の日本本土と同じ強制隔離政策による被害者として、日本の国立療養所よりさらに過酷な強制労役、神社参拝の強制、懲罰として断種手術等非人道的、非人倫的人権侵害を受けたことが明らかにされました。

日帝時代では、皇国臣民、内鮮一致という名の下に強制隔離、強制労役や強制収奪等を自ら行いながら、賠償や補償においては日本本土と植民地を差別するとしたら、これは社会正義及び平等原則に反します。司法が社会正義や平等原則に反する法律解釈及びその適用をするとしたら、これは司法が差別の論拠を提供することによって平等に反する道具、手段として転じるような間違いをおかすことになると思います。従って、ハンセン病補償法の立法目的、社会正義、平等原則に照らして補償されるべきだと思います。

 

尊敬する裁判長及び陪席裁判官の皆様、

この事件が韓国社会のハンセン病人権問題の解決において重要な転機になるということから賢明なご判断を切に訴えます。

 

 

2005.7.19

 

ソロクトハンセン病補償請求訴訟韓国弁護団
団長 弁護士 朴永立