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「ハンセン病問題に関する検証会議」(2005年3月解散)の元委員が2005年12月12日日本統治時代の韓国、台湾など国外療養所の入所者の救済について次の見解を発表しました。許可をいただいて掲載します。

「見解」

要旨 報告書
○1907(明治40)年法以来の隔離について、国の広義の法的責任があるというのが検証会議の認定である。

○日本の誤ったハンセン病政策が楽生院や更生園の入所者等に対し、日本内地の入所者等に対すると同等か、あるいはそれ以上の被害をもたらしたことは、既に検証会議が詳しく検証し、報告したところであり、この深刻な被害について、日本国が広義の法的責任を負うことは、内地の場合と何ら異ならない。

○仮に新法の制定等による補償金支給をということになった場合においても、@補償法による補償金支給の水準を下回るようなことがあってはならず、日本内地の入所者と平等の補償を行うこと、A迅速な補償金支給を行うこと、を、強く要望したい。

○自国の誤った強制隔離政策に対する反省を踏まえて、日本国には、世界のハンセン病問題の解決に向けて、積極的な役割を発揮することが期待される。まして、日本が負の関わりを持ったアジア等の国々や地域に関しては、この役割はより大なるものがある。今回の補償金支給問題は、その試金石の1つと言えよう。日本のアジアにおける望ましい未来を創造するためにも積極的な役割を期待したい。



20051212

 

楽生院元入所者及び小鹿島更生園元入所者への補償金支給問題について

元ハンセン病問題検証会議委員  和 泉 眞 蔵

同         内 田 博 文

同         大 塚 浩 之

同         金 平 輝 子

同         神 美 知 宏

同         谺   雄 二

同         藤 野   豊

同         藤 森   研

同         牧 野 正 直

同         三 木 賢 治

同         光 石 忠 敬

同         宮 田 一 雄

同         鮎 京 眞知子

 

 検証会議では国の誤った強制隔離政策に果たした各界の責任についても厳しく指摘した。そのような指摘を行った者には、「検証文化」の定着に向けてより厳しい責任の履行が求められる。検証の成果を広く伝えていくこと。残された課題に取り組み、検証をさらに発展させていくこと。再発防止提言の具体化のために尽力すること。そして、これらのために発言し、行動していくこと。例えば、このような責任である。この責任に関わる問題が今回、発生した。厚生省によるハンセン病補償金不支給処分の取り消しを求めて、台湾の楽生院入所者と韓国の小鹿島更生園入所者とが東京地裁に起こした、いわゆる台湾訴訟と韓国訴訟に対し、この1025日、ともに判決が言い渡された。原告勝訴の台湾訴訟には国が、また原告敗訴の韓国訴訟には原告が控訴したので、今度は東京高裁を舞台に応酬が繰り広げられることになる。

一方、国の方では、この訴訟の推移とは別に、戦前の日本統治下で開設された海外のハンセン病療養所の入所者に補償金を支給するための新たな枠組みを作ることを検討しているとのことで、厚生労働省では、対象となっている6カ国・地域のうち、韓国と台湾を先行させる「2段階方式」で補償金を支給する方針を固めた旨が報じられている。

 このような事態を前にして、検証会議が解散したから私たちにはもう無関係ということでは、何のための検証、何のための再発防止の提言かということになり、検証に対する信頼が揺らぎかねない。そこで、元検証会議委員は、相互に連絡を取り合って、戦前の統治下で日本が開設した海外の療養所の入所者に対する補償金支給のあり方等について意見交換する機会を持つことにした。もとより検証会議は解散しており、参加するかどうかは各人の判断に委ねられたが、13名の検証会議元委員中、10名が手弁当で、1113日に東京で開かれた、この意見交換に参加した。意見交換は午前10時から午後3時頃まで約5時間にも及んだ。13日以降は、参加できなかった元委員も含めて、メイルなどを利用して意見交換が続けられた。以下は、この意見交換を通じて合意に達した私たち元委員有志の見解である。この見解が今後の補償金支給問題の処理において活かされることを切望するものである。

                                 2005年1212

              見   解

 

熊本地裁判決で残された問題に対応した補償法

 周知のように、2001(平成13)年511日の熊本地裁判決は、1953(昭和28)年の「らい予防法」の隔離規定につき、「遅くとも昭和35年には、・・その違憲性は明白となっていた」と判示した。そして、この違憲となった1953年法の隔離規定により発生した被害について損害賠償することを国に命じた。もっとも、地裁判決が認容した被害というのは、隔離による被害とステイグマによる被害という二つの「共通被害」だけであり、この「共通被害」においても「精神的な被害」しか対象とされておらず、その「精神的な被害」もより被害の小さいケースを念頭に隔離期間を基準において控えめに損害額が算定されている。原告側からすれば、この点、不満が残る判決といえないこともなかったはずだが、裁判所は、訴訟遅延を回避するなどの諸事情から、被害について極めて慎重で抑制的な認定方式を採用したものと推察される。

 

補償法による対応

 地裁判決確定後、議員立法という形で、大急ぎで制定されたのが「ハンセン病療養所入所者補償金支給法」(20016月施行)である。補償法によれば、1960(昭和35)年以降の療養所だけではなく、1960年までの療養所、それも「らい予防法」(新法)下の療養所にとどまらず、「癩予防法」(旧法)下の療養所及び「癩予防ニ関スル件」下の療養所の入所者、さらには国立、公立だけではなく私立の療養所の入所者もが補償金支給の対象とされた。

ただ、補償法による補償金支給の支給額が、地裁判決と同様の最低限の支給額だという点も注意しなければならない。元患者側が、国の責任を明確にするという名目的な意味合いが多分に含まれた補償金額として読み取り、高齢化による早期解決への期待なども背景に了解した経緯があったことも忘れてはならない。“人生被害”に見合った賠償額としてとらえるならば、必ずしも元入所者たちが満足する額とは評価できない。しかし、このような最低限の支給額という方式を採用したことが、補償金支給の対象となる入所者の範囲を時期的に拡大し、かつ私立の入所者をもこれに含ませることを可能にしたといえる。

問題は、この補償法による補償金支給の性格である。行政法上、@不法行為に基づく損害賠償と、A適法行為に基づく損失補償が区別されている。補償法は熊本判決を踏まえて制定されたものであることは確かであるが、不法行為に基づく損害賠償ではない。しかし、補償法の「前書き」などからみて、単なる損失補償というよりは、「国の誤った政策」に由来するところの「広義の法的責任」に基づく補償金支給と性格づけられているとみるべきであろう。

 

1907(明治40)年以来の隔離についても国の「広義の法的責任」

検証会議では、明治維新以降の日本のハンセン病政策について詳しく検証した。これによると、1907(明治40)年「癩予防ニ関スル件」により強制隔離政策を導入した当初から、日本のハンセン病政策は国際的な動向から乖離していたことが明らかとなった。患者を病から救うためにではなく、日清・日露の戦争に勝利し、一等国への道を歩き始めた日本の、諸外国に対する「体面」から患者隔離が開始されたからである。日本のハンセン病政策において医学的な根拠が示されることは最初から最後までなかった。

熊本地裁判決は、国の誤ったハンセン病強制隔離政策のうち、1960(昭和35)年以降について国の「賠償責任」を認めたが、上記のような事情を踏まえると、1907(明治40)年以来の隔離についても国の「広義の法的責任」があるというのが検証会議の認定である。

 

誤った日本のハンセン病政策を植民地でも強行

 台湾では、台湾総督府によって楽生院が1930(昭和5)年12月に開設され、1934年(昭和9)年6月には、日本の「癩予防法」がそのまま公布された。他方、朝鮮では、朝鮮総督府によって小鹿島慈恵医院が1916(大正5)年2月に開設され、1934(昭和9)年10月には慈恵医院が更生園に改組された。翌35(昭和10)年4月に朝鮮癩予防令も公布された。予防令は「癩予防法」をそのまま公布したものではなかったが、内容的には極めて近く実質上同視できるものであった(詳しくは別紙報告書を参照)。日本の統治下で強行された、このような強制隔離が楽生院や更生園の入所者等に対し、日本内地の療養所の入所者等に対すると同等か、あるいはそれ以上の被害をもたらしたことは、既に検証会議が詳しく検証し、報告したところである。そして、この深刻な被害について、日本国が、「広義の法的責任」を負うことは、内地の場合と何ら異なるところはない。

 もっとも、日本の敗戦によって日本の統治から離れた台湾でも韓国でも、国際的な動向に沿って、強制隔離政策が日本よりも早く打ち切られたことは確かである。台湾では、1962年に「癩予防法」が廃止されている。韓国でも、従前の隔離政策を継続した1954年の伝染病予防法が、1963年に改正され、外来治療に移行している。このように、戦後の事情は台湾・韓国と日本では大きく異なっている。だが、日本統治下の台湾・韓国において日本の誤った強制隔離政策が強行されたという過去の事実が、そのことによって何ら影響を受けるものでないことは、改めて詳述するまでもなかろう。

 

台湾訴訟判決

台湾訴訟では原告の訴えが認められたが、補償法による補償金支給を「損害賠償の趣旨のみにはとどまらない特別な政策的な補償を行うものと考えられ」るとしている点は注意が必要であろう。「特別な政策的な補償」という語が用いられていることから、国の「法的責任」とは別個のものだと判示したと理解することは誤りであろう。注意しなければならないことの第2は、判決にいう「平等取扱いの原則」の意味で、最低限の「共通被害」という熊本地裁判決以来の「被害」概念と結びついているという点である。判決の言う補償法における「平等取扱い」も、高いところにあわせるという意味での「平等取扱い」ではなく、低いところにあわせるという意味での「平等取扱い」であることに注意しなければならない。

 

韓国訴訟判決

 原告敗訴の判断において大きかったのは、「昭和28年法に基づく影響」、すなわち昭和28年法に基づく隔離政策がもたらした偏見や差別によって受けた苦痛や苦難というものをどう考慮するかという点である。韓国訴訟判決は、補償法による補償金支給の前提にはこの点に関する考慮があるとし、そこから、次のような結論を導き出しているからである。すなわち、外地療養所の入所者は、終戦に伴って我が国が当該地域の統治権を喪失した結果、「昭和28年法に基づく影響」を受けることはおよそあり得ない状況にあったといわざるを得ない。また、この点で内地療養所の入所者と外地療養所の入所者との間には類型的な違いが存在するが、補償法ではこのような違いが法文上何ら反映されていない。その意味から、補償法は外地療養所の入所者の補償を行うことは予定していないといえる。このような結論である。

 思うに、熊本地裁判決との関係でいえば、補償法にとって大きかったのは、補償金支給の対象を1960(昭和35)年以降の入所者に限るかどうかという判断であったといえよう。しかし、これも広く補償金支給の対象にするという道を選択した法が、「昭和28年法に基づく影響」を受けたことをもって殊更に補償金支給の前提にしたというのは考えにくい。「昭和28年法」という概念が用いられたのは、「昭和28年法が規定する国立療養所」とか、「明治40年法の規定する国立療養所」とかいった表記を採用するための技術的な都合からで、「昭和28年法」という概念の使用をもって、実体的な要件と解することは読み込みすぎの感を免れがたい。

 

国の「広義の法的責任」に基づく補償の必要性自体は肯定

しかしながら、「昭和28年法に基づく影響」という部分のみに拘泥して韓国訴訟判決を評価することは生産的ではなかろう。韓国訴訟判決においても、日本統治下に受けた被害はもちろんのこと、更生園の入所者が施政権返還後も受け続けたと推測される「偏見と差別」について、その原因の一端が戦前の我が国の隔離政策等にあったことは否定しがたいものというべきであるとして、この被害についても国の「広義の法的責任」に基づく補償金支給の必要性を認めているからである。

とすれば、問題は施政権返還と被害の関係ということになる。仮に、補償金支給に当たって、施政権返還後の入所期間も考慮するということであれば、東京地裁判決もいうように、施政権の返還が療養所のあり方にどのような影響を与えたか、あるいは与えなかったかが問題になろう。しかし、補償金支給の対象となる入所期間を日本統治下に限るとすれば、施政権返還による影響の有無を考慮する必要はないのではないか。現に、韓国訴訟の原告らが求めているのは、日本統治下の入所期間に限っての補償金支給である。

繰り返し指摘したように、補償法は、熊本地裁判決の方式を踏襲して、最低限の「共通被害」を補償することとしている。とすれば、韓国訴訟の原告らに対し、補償法を適用などすることは特段の支障がないともいえる。

 

補償金支給についての私たちの要望

もっとも、補償法による補償金支給か、補償法とは別枠による補償金支給かは、法技術的な側面もある。財政的な事柄とも関係する。迅速な補償金支給という観点からすれば、厚生労働省告示を改正して、補償法を適用するのが最善だとも考えられるが、仮に、新法の制定等による補償金支給をというようなことになった場合においても、以下のことを強く要望しておきたい。

共通の精神的な被害に限って、それも最低限のそれを補償することとしている補償法による補償金支給の水準を下回るようなことがあってはならないという点である。この水準を下回ることは、「補償」の否定を意味し、韓国訴訟判決が補償法とは別枠だが国の「広義の法的責任」に基づく補償金支給の必要性を認めたこととも矛盾するからである。「平等取扱いの原則」の内容が前述したようなものであるとすれば、この原則が、内地療養所の入所者の間においてだけでなく、内地療養所入所者と外地療養所入所者との間においても適用されるのはむしろ当然だといえよう。これが第1である。第2は、原告らの年齢を考えると、補償金支給は11秒を争うという点である。迅速な対応を重ねて要望しておきたい。

自国の誤った強制隔離政策に対する反省を踏まえて、日本国には、世界のハンセン病問題の解決に向けて、指導的な役割を発揮することが期待される。まして、日本が負の関わりを持ったアジアの国々や地域に関しては、この役割はより大なるものがある。今回の補償金支給問題は、その試金石の1つといえよう。日本のアジアにおける望ましい未来を創造するための指導力の発揮を強く期待したい。

                                      以上

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要 旨

○熊本地裁判決が認容した被害は「最低限の被害」だけ

・認容したのは「共通被害」だけで、この「共通被害」でも「精神的な被害」しか対象とされておらず、「精神的な被害」もより被害の小さいケースを念頭において控えめに損害額を算定した。

○補償法による対応

 ・1960(昭和35)年までの療養所、それも「らい予防法」(新法)下にとどまらず、「癩予防法」(旧法)下及び「癩予防ニ関スル件」下の療養所の入所者、さらには国立・公立だけではなく私立の療養所の入所者もが補償金支給の対象とされた。

・補償法による補償金支給の性格は、「国の誤った政策」に由来するところの国の「広義の法的責任」に基づく補償金支給と性格づけられた。

 ・熊本地裁判決と同様の最低限の支給額だという点も注意しなければならない。元患者側が、国の責任を明確にするという名目的な意味合いが多分に含まれた補償金額として読み取り、高齢化による早期解決への期待なども背景に了解した経緯があったことも忘れてはならない。“人生被害”に見合った賠償額としてとらえるならば、必ずしも元入所者たちが満足する額とは評価できない。しかし、このような最低限の支給額という方式を採用したことが、補償金支給の対象となる入所者の範囲を時期的に拡大し、かつ私立の入所者をもこれに含ませることを可能にしたといえる。

1907(明治40)年以来の隔離についても国の「広義の法的責任

・熊本地裁判決は、国の誤ったハンセン病強制隔離政策のうち、1960(昭和35)年以降について国の「賠償責任」、いわば「狭義の法的責任」を認めたが、1907(明治40)年以来の隔離についても国の「広義の法的責任」があるというのが検証会議の認定である。

○誤った日本のハンセン病政策を植民地でも強行

・台湾では、1934(昭和9)年6月に、日本の「癩予防法」がそのまま公布された。1935(昭和10)年4月に公布された朝鮮癩予防令も内容的には「癩予防法」に近く実質上同視できるものであった。

・日本の誤ったハンセン病政策が楽生院や更生園の入所者等に対し、日本内地の入所者等に対すると同等か、あるいはそれ以上の被害をもたらしたことは、既に検証会議が詳しく検証し、報告したところである。

・この深刻な被害について、日本国が「広義の法的責任」を負うことは、内地の場合と何ら異なるところはない。

 ・もっとも、日本の敗戦によって日本の統治から離れた台湾でも韓国でも、国際的な動向に沿って、強制隔離政策が日本よりも早く打ち切られたが、そのことによって、日本統治下の台湾・韓国において日本の誤った強制隔離政策が強行された事実が何ら影響を受けるものでないことは改めて詳述するまでもなかろう。

○台湾訴訟判決

・補償法にいう補償金支給を「損害賠償の趣旨のみにはとどまらない特別な政策的な補償を行うものと考えられ」るとしていることから、国の「広義の法的責任」とは別個のものだと判示したと誤解しないように注意しなければならない。

 ・同判決にいう補償法における「平等取扱いの原則」も、低いところにあわせるという意味での「平等取扱い」であることに注意しなければならない。

○韓国訴訟判決

 ・韓国訴訟判決においても、日本統治下に受けた被害はもちろんのこと、更生園の入所者が施政権返還後も受け続けたと推測される「偏見と差別」について、補償法とは別枠だが、国の「広義の法的責任」に基づく補償金支給の必要性を認めている。

・仮に補償金支給に当たって、施政権返還後の入所期間も考慮するということであれば、東京地裁判決もいうように、施政権の返還が療養所のあり方にどのような影響を与えたか、あるいは与えなかったかが問題になろう。しかし、補償金支給の対象となる入所期間を日本統治下に限るとすれば、施政権返還による影響の有無を考慮する必要はないのではないか。現に、韓国訴訟の原告らが求めているのは、日本統治下の入所期間に限っての補償金支給である。

・補償法は、熊本地裁判決方式を踏襲して、最低限の「共通被害」を補償することとしている。とすれば、韓国訴訟の原告らに対し、補償法を適用などすることは特段の支障がないともいえる。

○補償金支給についての私たちの要望

・補償法による補償金支給か、あるいは補償法とは別枠による補償金支給かは、法技術的な側面もあり、財政的な事柄とも関係する。迅速な補償金支給という観点からすれば、厚生労働省告示を改正して、補償法を適用するのが最善だとも考えられるが、仮に、新法の制定等による補償金支給をというようなことになった場合においても、次の点を強く要望しておきたい。

・共通の精神的な被害に限って、それも最低限のそれを補償することとしている補償法による補償金支給の水準を下回るようなことがあってはならないという点である。この水準を下回ることは、補償の否定を意味し、韓国訴訟判決が補償法とは別枠だが国の「広義の法的責任」に基づく補償金支給の必要性を認めたこととも矛盾する。「平等取扱いの原則」の内容が前述したようなものであるとすれば、内地療養所の入所者の間においてだけでなく、内地療養所入所者と外地療養所入所者との間においても適用されるのはむしろ当然だといえよう。

・原告らの年齢を考えると、補償金支給は11秒を争う。迅速な対応を重ねて要望しておきたい。

 ・自国の誤った強制隔離政策に対する反省を踏まえて、日本国には、世界のハンセン病問題の解決に向けて、指導的な役割を発揮することが期待される。まして、日本が負の関わりを持ったアジアの国々や地域に関しては、この役割はより大なるものがある。今回の補償金支給問題は、その試金石の1つといえよう。日本のアジアにおける望ましい未来を創造するための指導力の発揮を強く期待したい。

 

                                      以上

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