ソロクト・楽生院ってなあに? Q&A
Q1 ソロクト、楽生院ってなあに
Q2 なぜ韓国や台湾にも療養所があるの?
Q3 ハンセン病ってどんな病気ですか
Q4 ソロクト・楽生院訴訟ってなあに
Q5 ハンセン病補償法ってなんですか
Q6 なぜ裁判をおこしたの?
Q7 ソロクトや楽生院は「日本の療養所」といえるの?
Q8 ソロクトや楽生院のひとは日本時代にどんな仕打ちを受けたの
Q9 今もソロクトや楽生院には多くのひとが暮らしているの?
Q10  裁判のために私たちができることはなんですか
1 ソロクト、楽生院ってなあに
A 日本が韓国や台湾を植民地にしていたとき、韓国につくったハンセン病療養所がソロクト、台湾につくったのが楽生院です。
2 なぜ韓国や台湾にも療養所があるの?
A 当時、植民地を支配していた日本は、植民地でも、ハンセン病はおそろしい伝染病だと宣伝して、患者をあぶりだし、強制収容して生涯閉じこめるために、隔離施設としての療養所をつくりました。
3 ハンセン病ってどんな病気ですか
A 「らい菌」という細菌による感染症で神経まひや皮膚症状を特徴としています。
 けれど、らい菌の感染力や発病力はとても弱く、日常生活で感染する可能性はほとんどありません。投薬治療によって完全に治すことができます。
 だから、感染予防のために患者を隔離する必要はまったくないのに、日本は「おそろしい伝染病だ」と間違った宣伝をして、「らい予防法」という法律によって患者さん達を強制収容しました。この根拠のない強制隔離政策は、国による犯罪ともいうべき行為でした。日本の隔離政策の誤りは、2001年5月11日の熊本地裁判決で明らかになり、国は、この判決を確定させ、ハンセン病回復者のみなさんに謝罪しました。
4 ソロクト・楽生院訴訟ってなあに
A 植民地時代に日本によってソロクトと楽生院に強制収容されたハンセン病回復者のみなさんが、「ハンセン病補償法」にもとづく補償金の支給を求めて、日本に対して起こしている裁判です。
5 ハンセン病補償法ってなんですか
A  熊本地裁判決の確定後、国は、ハンセン病回復者のみなさんに深くおわびするとともに、「隔離政策によって被害を受けたすべての人」の心身の傷をいやすため、補償金を支給する法律をつくりました。これが「ハンセン病補償法」です。
6 なぜ裁判をおこしたの?
A  日本時代に強制収容されたソロクトと楽生院のみなさんは、補償法にもとづく補償金の支給を請求しました。ところが、国は、ソロクトや楽生院は「日本の療養所」ではないことを理由に、この請求を棄却しました。
そこで、この棄却決定を取り消せという裁判を起こしたのです。
7 ソロクトや楽生院は「日本の療養所」といえるの?
A  ソロクトも楽生院も、日本の天皇の勅令によって隔離政策実現のために設立され、韓国でも台湾でも、「らい予防法」とほぼ同一の法律がつくられました。
だから、ソロクトも楽生院も、まさに日本が隔離政策のためにつくった療養所なのです。補償法が対象としている「日本の隔離政策によって被害を受けたすべての人」には、ソロクトや楽生院のみなさんも含まれると考えるのが自然で、法律の目的にもかないます。
 ソロクトや楽生院のひとは日本時代にどんな仕打ちを受けたの?
A  ふるさとから強制的に連行され、収容専用の車両や船によって、有無をいわさず収容されました。
 ソロクトも楽生院も、日本の療養所と同じく職員が絶対的に不足していたので、療養所運営のため患者にあらゆる作業が強制されました。
 特にソロクトは、療養所とは名ばかりの「強制収容所」でした。患者は夜が明けぬうちから作業場にかり出され、煉瓦工場やかます作り、桟橋の建設、日本人園長の銅像つくりのために夜遅くまで働かされました。食事は貧しく、しばしば理不尽で容赦ない懲罰が加えられ、たまらず逃げ出した入所者は監禁室に入れられ、懲罰として断種されました。数え切れないほどの方が、懲罰と飢えのために亡くなりました。
9 今もソロクトや楽生院には多くのひとが暮らしているの?
A  ソロクトには700名を超える方が、楽生院には300名以上の方が生活しておられます。
韓国も台湾も、日本とは異なり、1960年代には隔離政策は廃止され、制度の上では、ハンセン病はふつうの病気となんら変わらない感染症になりました。
 けれど、日本時代に徹底的な「ハンセン病はおそろしい」という宣伝を行ったために、韓国や台湾でも、ハンセン病に対する根強い社会的偏見差別が生まれました。それに、ひとたび故郷から強制隔離されたみなさんは、家族とのつながりを絶たれています。そのため、多くの方々が、治癒しても故郷には帰れず、療養所での生活を余儀なくされています。
10  裁判のために私たちができることはなんですか
A  この裁判を契機に、韓国や台湾の弁護士、市民の方々も、ハンセン病をめぐる根の深い問題に気付き、私たちと手をつなぎ、共通した人権問題としての取り組みがはじまっています。
 けれど、日本時代に収容された方々は大変高齢です。多くは80歳を過ぎ、既に何人かの方々が亡くなっています。一刻の猶予もなりません。
 私たちは1年以内の解決を目指していますが、そのためには世論の後押しがどうしても必要です。裁判やその後の集会にぜひ参加して、応援してください。
 みなさんの声を裁判所に届けるための署名活動をはじめました。日韓両国の弁護団を呼びかけ人として、たくさんの署名をあつめ、それを裁判所に届けたいと思います。是非ご協力ください。